関根日出男先生の解説

曲目解説

関根日出男

 4月5日チェコ大使館での“山崎=マーハ・ジョイント・コンサート”でのアンコール曲は、1948年トルンカ製作のアニメーション映画『皇帝のナイチンゲール』の中の「ナイチンゲールの歌」で、作曲者はトロヤンです。この映画はビデオで本邦にも紹介されています。

 作曲家のトロヤン Václav Trojan (1907~83) はプルゼニュ生。プラハ音楽院でオストルチル(指揮)、クシチカ(作曲)、マスタークラスでV・ノヴァーク(作曲)とハーバ(四分音)の講義を受けた。1929年卒業後、ピアニスト、練習指揮者などで生計を立て、当時、作曲したジャズ曲はシュルホフによりラジオ放送され、メラノヴァー主催の児童劇場とも接触していた。
1937年から45年まで放送局の音楽ディレクターとして活躍、この間に民謡や伝統音楽を知る。40年代には国民劇場やウラニア劇場で、演出家フレイカに協力していた。70年代には新古典的な器楽曲も作っていたが、作品の特徴は、全音階的な長調、単純明快なリズムを駆使した、ポルカやフリアントなどのボヘミア音楽を基調とする楽天的なものである。
しかし彼の真骨頂は、トルンカJiří Trnka (1912~69) のアニメーション映画への付随音楽である。代表作には「シュパリーチェク」「ババヤ」「ボヘミア古代伝説」「善良な兵士シュヴェイク」などがある。

 「皇帝のナイチンゲール」は、ストラヴィーンスキイのオペラ「鶯」(1908~09、13~14年作)同様、アンデルセン原作で内容も同じである。
“海辺のはずれ、漁夫は夜ごと訪れるナイチンゲールを歌声を楽しみにしている。シナの皇帝は、偶然訪れた船員から貰った本にあるナイチンゲールの絵を見て、こればかりは持っていないのに気づき、廷臣たちにこの鳥を探しに行かす。料理女の娘の手引きで、ナイチンゲールは宮廷に運ばれ皇帝は大喜び。
しかし皇帝の誕生日に、先の船員が送ってきた日本製の機械仕掛けのナイチンゲールにうつつを抜かし、本物のナイチンゲールは飛び去る。
やがて皇帝は重病の床に横たわり、死神が枕元に立つ。しかしナイチンゲールが窓辺に来て美しい声で歌うので、死神は退散し、皇帝は生命をとり戻す”

1.スーク Josef Suk(1874~1935) 
「ラドゥースとマフレナ」への附随音楽,作品13よりプロローグ(約5分)

詩人ゼイエル(1841~1901)は1896年に、スロヴァキアの古代民話によるこの作品を仕上げると、付随音楽を弱冠22歳のスークに依頼した。スークは1897年9月19日から作曲にかかり、ボヘミア弦楽四重奏団第2ヴァイオリン奏者としての国外巡演をこなしながら、翌1898 年3月19日に完成、その秋にドヴォジャークの愛娘オティリエ(1878~1905)と結婚する。
付随音楽はプロローグと4幕からなり、語り部分が半分近くを占め、音楽を伴う語り(メロドラマ)、舞曲、各幕への前奏曲、間奏曲、アリア、合唱などを含む(約150分)。初演は1898年4月6日、A・チェフ(1841~1903)指揮、J・サイフェルト(1846~1919)演出、主役をF・マチェヨフスキー(?~?)とH・クヴァピロヴァー(1860~1901)らによりプラハ国民劇場で行われた。しかし続演の見込みが余りないと悟ったスークは、1900年に4曲からなる組曲「Pohadkaお伽話」を作った(再校は1912年)。
「プロローグ」は1901年(作曲者自身によるピアノ連弾伴奏版)と、1953年(孫のスークによるピアノ伴奏版)に、ヴァイオリン独奏用に編曲された。叙情的な高音ヴァイオリンの調べ(アダージオ・マ・ノン・トロッポ)は、スークのオティリエへの愛の告白ともいえる。プロローグ(11分)で「お伽話」の化身たる乙女は、前口上(うち5分)を述べ、物語がはじまる。
「狩に出たマグラ国の王子ラドゥースは、森中で聖なる白鹿を射止めるが、宿敵のタトラ王国に迷いこみ、捕われて山頂の岩に鎖で繋がれる。この国の姫マフレナはラドゥースに同情し、母妃ルナの追跡を振り切り、二人でマグラ国へ逃げる。そこでは父王が崩御したばかりで、ルナの呪いによりラドゥースはマフレナを忘れてしまう。傷心のマフレナはポプラの樹に変身し、ラドゥースはその木陰でのみ安らぎを感ずる。不安になった母妃ニョラが、ポプラを切り倒すと血が流れ出す。とたんに呪いは解けてラドゥースの記憶がよみがえり、二人は目出度く結ばれる」。

2.ドヴォジャーク Antonín Dvořák(1841~1904)
スラヴ舞曲第1集作品46, B.83より第2番(約5分)

ドヴォジャークはジムロック社との契約違反にならないよう、その後に契約したシュレジンガー、ボーテ&ボック、キストナー、ホフマイスター、ノヴェロらの出版社から新作を出す場合、わざと作品番号を若くしたため、作品番号は必ずしも年代順になっていない。そこで作曲家で音楽学者のブルクハウゼル(1921~97)が1960年に、作曲年代順に整理したのがB番号である。
これはジムロック社からの委嘱作品で、1878年3月18日から5月7日までの間に書かれ、8月22日にはオーケストレーションも終えている。この作品で重要なのは「スラヴ舞曲の特徴を生かした芸術作品を創り出す」というテーマから、その基本概念だけをとらえたことである。第1集では第2番を除いて、「フリアント」「ポルカ」「ソウセツカー」「スコチナー」など、典型的なボヘミア舞曲が並んでいる。
第2番:ドゥムカ、ホ短調、2/4拍子、アレグレット・スケルツァンド、ロンド形式。主題はドゥムカ(ドゥマ=夢見に由来)、もしくはポーランドのグメニャク舞曲の形式により、副主題はモラヴィアのオフチャーツカー舞曲に近い。
ヴァイオリン編曲はクライスラーにより世に広まった。

3. ドヴォジャーク 「シルエット」作品8,B.98より第12番(約1分半)
1879年10月の作で、題名は出版人ホフマイスターがつけたもの。1、5、12番には第1交響曲ハ短調、B.9(1865年作)の第1楽章、8番にはその第3楽章、9番にはその第4楽章が、6番には第2交響曲変ロ長調,B.12(1865年作)の第4楽章が引用されている。
最終第12番:アレグロ・フェローチェ、嬰ハ短調、6/8拍子は、「モルダウ」の主旋律を先取りしたような、上記単一主題による明快な小品である。

4.ドヴォジャーク 「ユモレスク」作品101, B.187より第7番(約3分)
1894年にアメリカから一時帰国し、夏休みをヴィソカー村の別荘で過ごしたドヴォジャークは、ジムロック社からの要望に応え、8曲からなるピアノ小品集「ユモレスク」を書いた。ヤン・クベリーク(1880~1940、指揮者ラファエルの父)の編曲で一躍有名になった第7番は、ABACABの小ロンド形式をとっており、A主題には初め付点音符がついていなかったらしく、B, C主題はそれぞれ「ピアノ・トリオ」作品65, B130と、「ピアノ組曲」作品98, B.184の各第3楽章トリオの引用である。

5.マルチヌー Bohuslav Martinů(1890~1959):
ヴァイオリンとピアノのための「7つのアラベスク」H.201A(約15分)
H.はベルギーの音楽学者H.ハルプライヒ(1931 年生)によるマルチヌーの作品番号。

チェコ第4の作曲家マルチヌー(1890~1959)は、ボヘミア・モラヴィア国境の町ポリチカで、靴屋の父親が火災監視人も兼ねていた聖ヤコブ教会鐘楼上で生まれた。幼少時からヴァイオリン演奏に秀でていたが、プラハ音楽院ではカリキュラムになじめず放校された。しかし独学で作曲に励み、祖国独立直後初演のカンタータ『チェコ狂詩曲』で、作曲家としての第一歩を踏み出す(1923年秋までのチェコ時代)。
奨学金を得てパリに遊学、1920年代はフランス六人組やジャズのイディオムの作品、30年代は故郷のフォークロアを生かした作品と、バロック形式の曲を書いていた(1941年春までのパリ時代)。
第2次世界大戦中はアメリカに亡命、5つの交響曲はじめ重厚な作品を書いていたが、戦後46年、夏期講習の講師をつとめていた折、バルコニーから転落して重傷を負い、祖国に共産政権が成立したため帰国をあきらめた。その後の作風はハイドン風の明るいものとなる(1953年春までのアメリカ時代)。
晩年はフランス、イタリア、スイスなどで過ごし、”望郷の歌“とも言える新印象主義の作品を書いていたが、胃癌のため永遠の眠りについた(西欧時代)。
心情を赤裸々に綴った彼の作品は、各16本のオペラとバレエをはじめ、すべてのジャンルを網羅し、その数400を越える。室内楽曲は90を数え、ヴァイオリンとピアノのための作品(集)は20曲ほどある。
「アラベスク」は、サーカス見物で知り合ったパリのお針子、シャルロット・カンヌアン(1893~1978)と結婚した1931年3月21日直後に、ダイス出版社の依頼で作曲された。チェロ(B.201)とヴァイオリン(H.201A)の両用に書かれ、「リズムのエチュード」の別名を持つが、直後に演奏時間もほぼ同じ7曲からなる、正真正銘の「リズムのエチュード」(H.202)も作られた。各曲とも2~3分で、ピアノはオスティナート音型を奏で、ヴァイオリンにはシンコペーションが多用されている。初心者の教育用とされているが、バルトークの「ミクロコスモス」同様、芸術性の高い逸品である。
1)ポーコ・アレグロ:ハ長調、2/4拍子。ピアノの下降5音オスティナートの上で、ヴァイオリンが軽快な旋律を奏でてゆく。
2)モデラート:ト長調、4/4拍子。ピアノが規則正しく4分音符和音を刻む上で、ヴァイオリンが歯切れのよい旋律を奏でてゆく。
3)アンダンテ・モデラート:ロ短調~イ長調、3/8拍子。16分音符3連音3ヶの上下動する、夢幻的なピアノの上で、ヴァイオリンは6連音や、7連音上向音型などを奏でてゆく。
4)アレグロ:ニ~ト長調、2/4~4/4拍子。ケークウォーク風の舞曲。
5)アダージオ:変イ長調、6/4拍子。叙情的な静かな曲。後半ピアノは4分音符のオスティナートを連打する。
6)アレグレット:ト短調、5/8拍子。ピアノの上向単音5ヶオスティナートを背景に、ヴァイオリンもスタッカート風に飛びはね、中間部にアルコで叙情音型が出る。
7)アレグレット・モデラート:ニ~イ長調。最初の3/8拍子から最後の4/4拍子まで、ほぼ1小節毎に2/8・・7/8、2/4・・6/4と拍子を変えてゆく。最初ピアノはユニゾンで2オクターヴ音階的に上昇し、8分音符のピアノ和音進行が、シンコペーションのきいたヴァイオリンを支えている。

6.ベートーヴェン Ludwig van Beethoven(1770~1827):
ヴァイオリン・ソナタ,第7番,ハ短調 作品30の2(約30分)

1786年2月プラハを訪れ、マラー・ストラナの温泉通りを抜けた広場のホテル「金の一角獣」に投宿したベートーヴェン(記念額)は、旧市街のコンヴィクト・ホールで成功裡に演奏会を終えると、クラム=ガラス伯邸を訪れ、この家に嫁入り予定で、歌とマンドリン演奏に優れた19歳のクラーリー伯令嬢に、歌曲「ああ、裏切者め」作品65や、「マンドリンとチェンバロのためのソナチネ」ハ長調、WoO 44―1などを書いてやり、大いに満足していた。
しかしこの直後に忌まわしい病いに襲われ、聴力が失われてゆく。いろんな医者にかかり治療を受けるが効なく、他人との付き合いも縁遠くなり、絶望の末1802年秋には「ハイリゲンシュタット」の遺書をしたためる。こうした時期の1801~02年に作られたのが作品30の3つのヴァイオリン・ソナタで、2つ目の第7番は第3楽章以外の各楽章に長いコーダを持つ。
第1楽章:アレグロ・コン・ブリオ、ハ短調、4/4拍子。ユニゾンの明快な主題と、変ホ長調のリズミカルな付点音符つき副主題によるソナタ形式。
第2楽章:アダージオ・カンタービレ、変イ長調、2/2拍子。副主題が変イ短調の三部形式。
第3楽章:スケツツォ・アレグロ、ハ長調、2/2拍子。スタッカートをきかせた主題と、カノン風のトリオからなる三部形式。
第4楽章:アレグロ、ハ短調、2/2拍子。A(歯切れよい)A’(歌謡的)~B(変ホ長調)~AA’~C(ハ長調)~AA’~B~Aというロンド形式。

7.ドヴォジャーク 「ロマンス へ短調」作品11, B.38(約11分)
原曲はアンナ・チェルマーコヴァー(1854~1931)と結婚する1ヶ月半前の、1873年10月4日に作られた弦楽四重奏曲第5番ヘ短調、作品9、B.37の第2楽章(約8分)。これをもとに1877年12月、小オーケストラ伴奏のヴァイオリン曲「ロマンス」B.39が作られ(ドレスデンのホフマイスター社から出版)、直後の12月9日、独奏J・マルクス(1853~1926)、A・チェフ指揮する仮劇場オーケストラにより初演された。同時に名ヴァイオリニストF・オンジーチェク(1657~1922)のためにピアノ伴奏用にも編曲され、彼に献呈された。
ピアノ前奏~主題~副主題~経過句~ピアノ間奏~展開部~不明瞭な再現部というソナタ形式。叙情的な主題(アンダンテ・コン・モート、6/8拍子)を8分音符が伴奏し、16分音符を伴う副主題はやや息を長くし、展開部(トリルを伴う主題が主役)ではやや激情的となる。経過句では上向音型がくり返され、全曲は静かに終る。

8.ドヴォジャーク 「マズレク=マズルカ」作品49, B.89(約7分)
ジムロックの委嘱作品で1879年に完成、サラサーテに献呈された(小オーケストラ伴奏用はB.90)。曲はエネルギッシュなアレグロ、ホ短調の主題と、叙情的なメーノ・モッソ、ロ長調(ともに3/8拍子)による複合二部形式で、同年2月15日、プラハ芸術協会のコンサートで、ラフネル(1856~1910)とフィビヒ(1850~1900)により初演された。
ポーランドでは1863年に、1830年革命以来の大規模な暴動が起こり、鎮圧されたが、チェコ民衆はこれに同情し、1860年代末から民謡「おお、スラヴの民よHej, Slovane」(のちのポーランド国歌)が、チェコ民族主義者の集会で愛唱されていた。ドヴォジャークも1870年作の弦楽四重奏曲第3番B.18の第3楽章に、この民謡主題を引用しており、1875年には愛国的ポーランド王女を主題とする、オペラ「ワンダ」作品25, B.55を作るなど、ポーランドに関心を寄せていた。


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